『“何を成し遂げるか”ではなく“どう在るか”』これまでの人生の中でもトップクラスの学びが、高野山にはありました
プロフィール
【氏名】武井琴(30代)
【職業】舞踊家
【業務内容】
・宿坊寺院における客室清掃、配膳等の運営補助業務
【時期】2025年10月上旬から2025年10月下旬の4週間
- # 30代
- # 旅
- # 日常リセット
- # 社会人
インタビュー内容
高野山の滞在プログラムに参加したきっかけは何ですか?
私はもともとダンスの活動をしており、舞台でダンサーやパフォーマーとして活動してきました。これまで日本各地に滞在しながら作品を制作・発表し、地域の人々とつながりを持ちながら活動を続けてきました。
神奈川で生まれ、都心でダンスや舞台活動をしていましたが、日本のさまざまな地域で活動するようになってから、自分の知っていた日本はほんの一部であり、場所を変えることで多様な出会いがあることに気づきました。人柄や文化の違いに触れることが面白く、日本をもっと深く知りたいと思うようになりました。
同時に、自然の中で暮らすことにも魅力を感じるようになり、都会での活動と自然の暮らしを行き来する生活を始めました。今年の春には、母が畑を始めることをきっかけに群馬へ拠点を移し、畑をしながら活動の方向性を模索する一年となりました。
その中で、信州で短期のネイチャーガイドの仕事を経験し、そこで出会った人から全国版の滞在プログラムのことを教えてもらいました。そしてK-PLATの募集を見つけました。
高野山には日帰りで訪れたことがあり、教えや空海さんのことは知らずに来たのですが、高野山ならではの清らかな空気感がとても心地よく、主要な場所しか巡れなかったものの「また必ず来たい」と強く感じました。その思いから、今回挑戦することにしました。

自然の中で暮らすということには、もともと興味があったのですか?
もともと自然の暮らしには興味がありました。コロナになる直前、舞台の仕事中に膝の靭帯を切る怪我をしてしまい、入院して歩くこともままならない状態になりました。その後、母が暮らしていた群馬県へ移り、治療とリハビリをしながら過ごしていたところでコロナが始まり、都心に戻れなくなりました。
活動自体は続けていましたが、住まいはしっかり地方に移した形となり、その生活を経験したことで、自然がもたらす効果や影響力の大きさを切実に感じるようになりました。
高野山に初めて訪れたのは2年ほど前。足の状態が本当に治ったかどうかを確かめるためにも、いろいろ模索したいと思うようになり、都会に戻ったタイミングで、神戸での仕事の合間に日帰りで訪れました。そのときの体験が強く記憶に残っていて、今回の参加につながったのだと思います。

観光で訪れたときと、今回の滞在での感じ方はどう違いましたか。
これまで宿坊に泊まったこともなく、お寺の中に入る機会もありませんでした。初めて高野山を訪れたときは、お寺が数多く立ち並び、お坊さんが歩いている様子に「異世界」のような感覚を覚えました。
実際に中に入ってお仕事をさせていただいたとき、私が想像していた「お寺」や「お坊さん」の印象とは大きく違っていました。厳しく殺伐とした時間が流れているのだろうと思っていたのですが、実際はとても温かく、アットホームな雰囲気でした。いろいろなお話を聞かせていただく中で、人間らしい一面が見えてきて、高野山の見え方も変わりました。
5つの宿坊でお仕事をさせてもらいましたが、それぞれ雰囲気も建物の造りも異なり、「宿坊」や「高野山」という言葉だけでは一言で表せない多様さがあると感じました。こうした体験は、実際に働かせてもらわなければ味わえないものです。
また、海外からのお客様も多く、どの宿坊もおもてなしの精神にあふれていました。「日本というものをどう伝えるか」を真剣に考えている姿勢は、私が舞台で表現を通じて観客に伝えようとする姿勢にも通じるものがあると感じました。

高野山に滞在していて、特に印象に残ったことは何ですか?
今回の滞在で特に印象に残ったのは、夕食のお膳をお部屋へ運ぶ仕事をさせていただいたときのことです。お寺の中は入り組んだ細い廊下や階段が続き、部屋食のため長い廊下はまるで迷路のようでした。夕食が冷めないようにすみやかに運ぶ必要があり、私は軽いお盆を持ってお坊さんの後ろをついていきました。庭を経由することもあり、夜の廊下は暗く慣れない道でしたが、お坊さんの無駄のない軽やかな動きに必死でついていきました。
そのとき、月明かりに照らされたお坊さんの後ろ姿がとても美しく、「これは自分にしか見えていない景色だ」と強く感じました。まるで舞台を自分のフィルターで見ているようで、とても面白く、つま先を柱にぶつけながらも夢中で追いかけました。
お客さんとしてではなく、働かせてもらう立場だからこそ、お坊さんの所作が舞台のパフォーマーのように美しく感じられたのです。シーツを敷く姿や、別のお寺で法要後にお客さんの車を見送る後ろ姿も印象的でした。仕事の合間に、ただそこにいるだけで美しい佇まいに触れることができ、感動的な瞬間がいくつもありました。
それは働いているからこそ見える景色であり、舞台の裏方のように「作る側」からの視点でした。お客さんとして訪れていたら決して見えない世界。裏方として関わったからこそ、高野山という舞台の奥深さを体感できたのだと思います。

高野山で生活するということに関してはどうでしたか?
滞在中のお休みには、高野山三山めぐりを二日に分けてしました。これまで山登りの経験はあまりありませんでしたが、近年少しずつ挑戦するようになっていて、高野山に来たらぜひ歩いてみたいと思っていました。自然が自分の足で行ける距離にあり、少し歩くだけで人のいない静かな場所に出会えるのはとても魅力的でした。熊が出る危険もあると聞きましたが、それほど自然と山が近いということでもあります。

また、朝の「生身供」に参加したことも印象的でした。誰でも朝6時から参加できる法要で、最初に参加したときに「これはすごく良い!」と感じ、それからは起きられる日は何度も足を運びました。9時からの仕事の前に読経を聞き、その後に働くと心がとても清らかになり、一日の始まりが格別なものになりました。
空海さんの教えや内容を深く理解しているわけではありませんが、高野山で一日を過ごすということ自体が特別でした。朝の法要に参加し、宿坊で働きながら一日を過ごす。その流れがとても贅沢で、心身ともに満たされる時間でした。

参加前と参加後で気持ちの変化はありましたか?
日本の文化や歴史を知りたい、学びたいという気持ちで来ました。漠然と「古くから根付いて人々の中で循環している日本の姿」を見たいと思っていたんです。

参加してみて、日本の歴史や文化に触れることは十分できました。それ以上に、歴史はただ保存されているのではなく、現代を生きる人々の新しい考え方と混ざり合いながら残っていることを実感しました。空海さんの時代から1200年経った今も、人が動かしている歴史があるんだと感じました。そして、K-PLATさんのような若い人たちが寺院さんや宿坊協会さんと結びつき、新しい風を取り入れているのも魅力でした。

実際に働いてみて、どんな気づきがありましたか?
掃除や宿坊の仕事をしていると、普段の自分とは全く違う場所に身を置いている感覚がありました。淡々と磨いているときに、自分を客観的に見られるようになり、「何かを成し遂げなければ」と思い込んでいた普段の自分から少し距離を置けました。お寺の方々や高野山で出会った人たちは皆温かく、そういう人たちに囲まれることで「どう在りたいか」を考えるようになり、大きな気づきになりました。
都会にいると物事に焦点が当たりがちですが、高野山で働く中で「自分自身がどう働きたいか」を考えるようになり、少しずつゴールが見えてきました。生活のリズムや人との関わりを通して、だんだん気づきを得られたと思います。

滞在中の印象はどうでしたか?
「こんなに良くしてもらっていいの?」と思うほど、皆さんが優しく接してくださり、仕事を覚えきれていなくても「それでいいんだよ」と受け入れてもらえました。普段の自分では気づけないことを教えてもらい、ありがたい気持ちでいっぱいでした。下山して電車に乗ったときには涙が出るほど、今の自分にぴったりの体験だったと感じました。

今回参加してみて、どういう人に来てほしいと思いますか?
私自身、今後の活動の仕方を考えたいというタイミングで参加できました。立ち止まって自分の内側と向き合う時間になったので、日常の中で一度立ち止まって考えたい人、今の自分を俯瞰してみたいと思う人にはぜひおすすめしたいです。

最後に、この体験を通して得た一番大きな学びは何ですか?
高野山での滞在は、「何を成し遂げるか」ではなく「どう在るか」が大事だということを教えてくれました。これはどこで生きていくにしても大切な気づきで、私の人生の中でもトップクラスの学びになったと思います。




