インドと日本の二拠点生活。その中で訪れた高野山での4週間は、今の仕事に繋がる、“学びの旅“でした!
プロフィール
プロフィール
【氏名】千葉久美子(40代)
【職業】フリーランス
【業務内容】
・宿坊寺院における受付、配膳、客室清掃等の運営補助業務
【時期】2025年10月上旬から2025年10月下旬の4週間
- # 40代
- # 二拠点生活
- # 学び直し
- # 旅
- # 社会人
インタビュー内容
Q.今インドではどんなお仕事をされてらっしゃるんですか?
現在はインド・ゴアにあるヨガスタジオで、マネージャーをしながらヨガを教えています。 お客様の8〜9割はヨーロッパからの旅行者で、残りの1割がインド人観光客です。
ゴアは、湘南や鎌倉のようなにぎやかな海沿いの観光地。商業化されている部分もありますが、自然も豊かに残っていて、地元の人たちとのふれあいも多く、心地よいバランスのある場所です。

Q.インドに行こうと思った決意や理由を教えてください。
私は出版・制作業界で、制作ディレクターとして17年ほど働いていました。忙しさは常で、週末も翌週の会議やプレゼンの準備をしたり、取材に行ったり…。「この資料を作らなきゃ」「次の段取りを考えなきゃ」と、頭の中はいつも仕事のことでいっぱいでした。若い頃は体力があったので徹夜も乗り越えられ、任される楽しさ、チームで動く面白さで充実していました。
そんな多忙を極めていた時期に、デスクワークによる脚のむくみが気になり、セルフケアのつもりでヨガを始めました。1時間、呼吸に合わせてひたすら動き続けるヴィンヤサのクラスを受けたとき、“身体の動きだけに集中できる時間” が驚くほど気持ちよくて。余計な思考が沈澱していくような感覚にハマり、そこから20年、ずっとヨガを続けています。
38歳で管理職になり、20人ほどの部下を持つようになった頃、
「このまま10年後もここにいるのかな」と考えるようになりました。
職場内には、独立したり、50代で大学院に通い始めたり、新たな道に進む先輩女性社員も多く、“私も何かやってみたい” という漠然とした気持ちが芽生えました。
もともとアレルギー体質で健康管理に興味があったこともあり、
「健康分野に進むなら、長く続けてきたヨガが一番自分に合っているかもしれない」と、思うようになりました。日本のヨガスクールでまず資格を取得しヨガを教え始め、会社を辞めて、ヨガ哲学や精神的な側面を学ぶために40歳でインドへ留学することを決めました。
周りからは「千葉ならバリやハワイを選ぶと思った」と言われましたし、
前職の同僚には「2〜3日でインドから帰ってくるだろう」と言われていました(笑)。
実際、インドでは蚊に刺されて足が傷だらけになったり、カラフルすぎる部屋で寝れなかったり、人が海で堂々とトイレをしていて驚愕したり…。滞在1週間で日本に帰りたいと思いました。でも、なぜか懐かしい感じがして、人が元気でパワフルで親切、とても心地よかったんです。私が困っていると何とかして助けようとしてくれる人がたくさんいました。お世話になったホテルのスタッフや地元の方にお礼をするために、日本のお菓子を持参して再訪問したりもしました。
私はプライベートでは大雑把で超マイペースなのに、仕事になると完璧主義でした。
締め切りは絶対で、間違いは許されない。自分にも、クライアントにも、パートナーにも同じレベルを求めていました。
「自分が強くなければならない」「こうせねばならない」という思い込みが、
長年の仕事の中で自分に刷り込まれ、いつしかそれが自分自身の性格になっていました。自分や周りを追い込む癖が抜けませんでした。
でもインドに来て、
自由であっけらかんとしたエネルギーに触れたことで、思考の癖が少しずつほどけていきました。
何でもないことを問題と捉えていたのは自分だし、実はずっと自分で自分を縛っていたんだと気づかせてもらいました。
インドでは衛生面では受け入れ難い部分もあるし、分かってはいても労働文化の違いにブチ切れそうになることもあります。遅れて来ても平気な先生もいるし、細かいところを気にしない人も多い。
でも、
“何とかなるだろう”という精神がすごくて、実際、本当に何とかなってしまう。
その空気に触れていると、私自身もだんだん楽になっていきました。
マイナス面よりも、私にとってはプラス面のほうが圧倒的に大きかった。
日々、色々ハプニングが起きるけれど、その分学びがある。
だから今もインドに惹かれ続けているんだと思います。


Q.今回高野山に来る前も、インドにいらっしゃったんですよね。
はい。
会社を辞めてからインドへ渡り、ヨガの勉強を深めていましたが
翌年に一度、大阪へ戻ってきました。
そのとき、元会社の先輩から
「会社の新事業でヨガスタジオを始めようと思うんだけどスタジオのマネージャーをやらないか?」
と声をかけてもらい、大阪で瞑想とヨガのスタジオを立ち上げました。
その後、大阪のスタジオは後輩が引き継ぎ、
日本とインドを行き来する二拠点生活 が始まりました。

Q.高野山に行ってみたいと思った理由は何だったのでしょうか。
会社を辞めるか迷っていた頃、和歌山市駅前にあるオーガニックカフェ「セネカ」の女性オーナーとの出会いがありました。その方は会社員を辞めて40歳でニューヨークに渡り、そこで子宮がんを患い、食事など生活習慣を改善し、治した経験をもとに、和歌山でオーガニックカフェを開いたという方でした。何だか自分とリンクする気がして話を聞きに伺いました。
当時の私は、会社員を辞めるのが怖かったんです。
ある程度自由にさせてもらっていて、安定した生活もできている、
「違う世界で自分の力で生きていけるのかな」と思うと、なかなか踏み出せませんでした。でも38歳のとき、ヨガをしていて「私もいつかは死ぬんだ」と実感した瞬間があったんです。体力が落ちてきて、元気なうちじゃないと出来ないこともあると気づきました。そこから2年間ぼんやり考え続け、そのオーガニックカフェのオーナーとの出会いがきっかけで40歳で会社を辞める決心をしました。インドから帰って来てからは、和歌山のカフェで出張ヨガを定期的に行っていました。
そのヨガの帰りにヨガ仲間が私を高野山に連れて行ってくれたんです。
ゲストハウス・コクウさんに泊まり、奥の院を少し歩いて、一泊して帰るだけの短い旅でしたが、不思議な世界がある、エネルギーが清らかだなと強く感じました。
極楽橋駅ではフラッグ広告に書かれている通り
“俗世と聖域の境目”のような空気を感じ、
思わず引き込まれました。

時空がゆがんでいるような、でも空気はピシっと整っているような
とにかく「気の良い場所だな」と思ったのを覚えています。
インドでヨガを教えるようになり、外国人と接する機会が増えると、
「日本でお勧めの場所は?」とよく聞かれるようになりました。
外国人でも座禅できる場所はある?
クミコは仏教徒なの?
神様と仏様の違いは?
分かっているようでも、いざ説明しようとすると言葉にできない。
海外に行くと、日本のことを褒めてくれる人が本当に多いんですが、
「こんなに誇れる文化があるのに、私は何も知らない、説明できない」 と気づかされました。
ネットの情報だけでは実感が伴わないし、自分が“良い”と思うものを、自分の言葉で伝えたい。そう思って、いろいろ調べ始めました。
最初は就業先として東海地方の別の場所を候補にしていました。
ローカル文化が根付いていて魅力的でしたが、条件が合わず、
「毎日ただ働くだけになりそう」と感じていました。
そんなときに高野山のはたらく旅を見つけたんです。
一度は応募を逃したのですが、
「どうしても行きたい」 という気持ちが強く、改めて応募して入ることができました。

Q.高野山で、特に印象に残っていることはありますか。
奥の院にあるお茶所で、毎日6回ほどお坊さんの法話が行われていますよね。
あれが本当に興味深くて、よく聞きに行っていました。
お坊さんたちの話し方やプレゼンテーションが驚くほどうまいんです。
全国から来られてるんですが、凛とした尼さん、上品で博学な方、ユーモアのある若いお坊さん…
誰の話も本当に面白くて、毎回引き込まれました。
あと、御廟へ向かう橋を渡るとき、
「空海さんが一緒についてきてくれる」と言われますよね。
その話を聞いてから、橋を渡るとき、御廟の裏で瞑想するとき、
ほぼ毎回、自然と涙が出ました。
“本当に空海さんがそばにいてくれる”
“亡くなった祖母もいつも見ていてくれる”
そんな感覚があったんです。
宗教や国など関係なく、
「こんなに懐深く受け入れてくれる場所があるのか」
と感じて、胸がいっぱいになりました。
法話では毎回、小さなノートにメモを取りながら聞いていたのですが、
終わったあとには大抵お坊さんが「初めてですか?」と声をかけてくれるんです。
そこからさらに深い話を聞けたりして。
中には英語が話せる尼さんもいて、その方がすごくかっこよかったんです。
お坊さんの世界は男性優位で大変なことも多いけれど、
「ある程度歳を重ねたから、もうさらっと流せるのよ」と笑っていて、
柔軟さと強さを兼ね備えた、とても素敵な女性でした。
休みの日はもちろん、午前中だけ休みで午後から勤務日も、
法話を聞いてから勤務に向かうことが多かったです。
寮から近いので、戻ってまた行ける距離なのもありがたかったですね。
今では、私にとっての“高野山のおすすめスポット”になっています。


Q.実際に働いてみてどうでしたか。
いくつかの宿坊さんで働かせていただきましたが、今回メインで入らせていただいてたお寺さんでの受付勤務が、本当に楽しかったんです。
私の性格や興味に合わせて、うまく配置してくださったのだと思います。
単純作業ではなく、人とのふれあいがあり、宿坊の1日の流れを学べて、日本文化を伝える機会がある。そんな環境がすごく自分に合っていました。
そのお寺さんでは、お寺運営一連の流れをすべて見せてもらえるので、
私にとっては最高の学びの場でした。
レセプションで外国人のお客様と話す中で、「もっと高野山やお寺についてちゃんと説明できるようになりたい」と思うようになり、お坊さんに質問して、写経の意味や作法、歴史や町の地理を教えてもらい、それをまたゲストに伝える。そんな循環がとても楽しかったんです。
ただ案内や配膳をするだけではなく、
“なぜそうなのか” “どんな背景があるのか” を知り接客する中で、外国人の方が何に疑問を持ち、何を知りたくてお寺に来ているのかが見えてきました。
そのおかげで、高野山の魅力を海外の人にもっと自然に、深く紹介できるようになったと感じています。
Q:高野山で学んだことで、海外の方への説明も変わりましたか。
はい、すごく変わりました。
奥の院に行ったとき、写経を納めるポストを見つけました。
「どこで書いた写経でも奥の院にお持ちいただいて大丈夫ですよ」と言っていただいたんです。
今では外国人向けに写経のイベントも開催しています。

そして、改めて高野山の魅力も説明できるようになりましたね。
「1200年の歴史を持つ場所で山のてっぺんに町があって、真言密教の寺院や宿坊がある。外国人の方も半分くらいはそこに滞在して、精進料理を食べたり、ナイトツアーに参加したり、仏教に触れたりして帰っていくんですよ」 と伝えると、みんな「行ってみたい!」とGoogleマップを保存してくれます。
東京・京都・大阪などのオーソドックスな街にももちろん行くけれど、
“ローカルな日本文化が楽しめて、自然もたくさんある喧騒から離れた場所”を探している人が多いんです。
以前は「どこがいい?」と聞かれても答えに迷っていましたが、
今は迷わず
「高野山、すごく良いよ!」
とおすすめできるようになりました。
関空からも近いですし、日本の歴史も学べて、写経や写仏も体験できる。
とても特長的な場所なんです(宿泊費は少し高いですけど…笑)。
写真を見せながら話すと、みんな「Wow!!!」と驚いてくれます。
実際に自分が体験したからこそ、説得力も増します。

町の雰囲気も素晴らしいですし、
「日本のスイーツも楽しめるよ!」と伝えると、さらに喜ばれます。
私は毎日、おもちや団子を3つ買って帰っていました。
ごま豆腐も本当に美味しかったのでヨガの生徒さんにおすすめしています。
説明しようとすると、自分でも調べたり勉強したりするようになりますよね。
インドに戻ってからも、
「仏教と真言密教って具体的に何が違うんだっけ?」
と調べ直したり、説明できるように英語で整理したりしています。
最初の頃は業務を覚えるのに必死で余裕がありませんでしたが
業務の合間に仏教や高野山や空海についてお坊さんに質問して、
お客様から聞かれたことなども丁寧に教えていただきました。
その優しさにも、とても助けられましたね。

Q.寮での生活はどうでしたか?
K-PLATスタッフの方が本当に優しくて!湯器が壊れたり、靴底がはがれたり、インキーしちゃったり(笑)いろいろハプニングがあったけど、全部助けてもらいました。私が困っていないか常に気にかけていただいて本当に有り難かったです。
他の短期スタッフの仲間とも、自転車ですれ違うと、“おーい、どこ行くのー”って声をかけ合ったり。朝早い仕事で生活も整うし、勉強もできるし、すごく良いルーティンができたなと思いました。同じ寮の仲間からは退寮日にメッセージカードをもらい感激しました。あっという間すぎて、もっといたかったです。


Q.どういう人が高野山に来たら、特に響くと思いますか?
高野山に働く以外に“何かをしに来たい”という気持ちが少しでもある人は、すごく楽しめると思います。
休みのたびに山歩きをしている人もいて、本当に楽しそうでした。 面白い出会いもありました!ダンサーのことちゃん(武井さん)や、ヨガをしているまゆみさん(高橋さん)。インドの話を聞きたいと声をかけてもらい、インド旅の打ち合わせをしたんですよ。 “何かやりたいな”という意志がある方は、その時間をすごく豊かに過ごせると思います。
逆に、なんとなく“リゾートバイト感覚”で来るとお寺のルールが厳しく感じたり、思っていたのと違う部分が気になったりするかもしれません。 でも、ほんの少しでも“やりたいこと”がある人は、めちゃくちゃ充実します。
私は特に、高野山大学の図書館が大好きでした。 授業の聴講生になろうかと事務室に問い合わせたくらいです。チベット密教やインド哲学の科目があって、ヨガに関連する哲学系の本もたくさんあって。 “難しいよね!”とお坊さんと話しながら盛り上がったりしていました。
高野山では、 半分働いて、半分勉強する という生活が自然にできていました。
自分の仕事に直結しているので、学ぶことがそのまま楽しさにつながるんです。カフェに寄って、高野山大学に行って、夜に寮へ帰る。休みの日は奥の院に法話聞きに行くか、高野山大学に行くか。 そんな毎日で、とても充実していました!


Q.今後の展開を教えてください。
また高野山で働きたいと思っています。
特に、今回メインで働かせていただいたお寺さんのように“宿坊の流れが丸ごと見える”“日本の文化を学べる”お仕事ができたら嬉しいです。
外国人の方からいろいろ質問を受ける中で、もっと深いところまで説明できるようになりたいという気持ちが更に強くなりました。
高野山には行事も多く、学べることが本当にたくさんあります。
町のこと、僧侶の修行、お寺の役割、写経や阿字観瞑想の意味など
ひとつひとつについて 、お坊さんからもっと話を聞いてみたい。
その学びを、また海外の人たちに伝えていけたらと思っています。
ありがとうございました!



