高野山未来創造プラットフォーム(略称:K-PLAT)では、高野山内の働き手不足を解消しようと宿坊寺院の特定業務を受託したり、人材の派遣を行ったりしています。こちらのページでは、サイトをご覧になっている皆様に、1200年以上の長い年月、守り継がれてきた高野山地域のリアルな声をお届けいたします。
聖地の声 第1弾 後編
第1弾は、宿坊寺院「持明院」の住職で、高野山未来創造プラットフォームの事業アドバイザーでもある竹内崇真さんの「声」を2回にわけてお届けします。
話し手:宿坊寺院「持明院」住職 竹内 崇真
聞き手:高野山未来創造プラットフォーム株式会社 淺田 あゆみ


宿坊寺院での仕事の様子(2025年1月)
「はたらく旅」に訪れる方について(40~50代女性)
淺田:K-PLATではこれまで160名ほどの滞在型就労者を受け入れてきました。その中には、いろいろな方がいらっしゃいました。その中でも、例えば、子育てが一段落した女性の方は多くいらっしゃっている傾向があります。これについては、竹内さんはどのようにお感じなりますか?
竹内:宗教では「欲」について語られることがあるのですが、他の宗教では欲を小さくすることが美徳とされることが多いですよね。一方、弘法大師が説いた密教ではそれとは逆で、「欲の質を変える」という考え方を大切にしています。例えば、「大楽」や「大欲」という言葉があり、大きな欲を持つことが素晴らしいとされています。
淺田:大きな欲を持つことが素晴らしいという教えは少し意外でした。修行している、お祈りしているお坊さん、イコール禁欲しているというか、欲を遮断している存在なのかなというイメージがありました。その「大きな欲」とは、具体的にどのようなものなのでしょうか?
竹内:「大きな欲」とは、自分にとらわれない、無限に広がるような欲のことです。例えば、お母さんが子どもに注ぐ愛情って、何か見返りを求めているわけではないですよね。純粋に、子どものために自分の時間を犠牲にして育てる。その愛情こそが「大きな欲」の一例だと思うんです。

宿坊寺院での仕事の様子(2025年1月)
淺田:愛情が無償で注がれるその姿勢が「大きな欲」なんですね。では、そのような大きな欲を持つ方々が、子育てを終えた後にどのように変わっていくのでしょうか?
竹内:子どもが成長して自分の手を離れたとき、「もう一段階自分を成長させたい」とか「新しいことに挑戦したい」と思う方もいると思います。高野山の奥の院には「父母恩重碑(ぶぼおんじゅうひ)」という碑がありますが、これは父母の愛情に感謝する気持ちを教えてくれるものです。親として子どもを育てる中で感じる深い愛情や、その大変さに気づかされることも多いんですよ。
淺田:そうした深い愛情に気づくことができるんですね。子育てが終わった後、その経験や愛情をどう広げていくかが重要なのですね。
竹内:はい、そうです。これまで家族や社会を支えてきた方々が、表向きは家族のために尽くしているように見えても、その行動が結果として社会全体を支えてきたんです。そして、子育てが終わった後、自分の経験や愛情をさらに広げて、多くの人を助けたり、世界平和のようなもっと大きな視点を持てるようになったりする。その姿を見ると、本当に素晴らしいなと思います。
淺田:そのような方々が高野山に来て、自分の過去の行いや思いが正しかったことを再確認し、さらに大きな欲を持って他の人々を救おうとする気持ちを抱いてくれることが嬉しいですね。
竹内:はい。密教の教えを通じて、そういった気づきを得てもらえる場所が高野山であればいいなと心から思っています。
「はたらく旅」に訪れる方について(大学生)
淺田:「はたらく旅」に参加される方では、主婦の方以外に大学生の学生さんも多いですよね。例えば、就職活動を迎える前の学生、高校卒業後に大学生をしながらも、自分の中の扉を開けようとする学生さん。または、就職活動が終わって社会に出る前に、今しかできないことを経験しておこうとする学生さんです。このような方々が多くお越しになることについて、どうお感じになりますか?
竹内:私も大学を卒業する直前、いろいろ考える時期がありました。学生生活が終わって社会人になるというのは大きな節目ですよね。私自身、昭和生まれなので「一度仕事に就いたらずっとその仕事を続ける」っていう感覚が強かったんです。家業がお寺であったことも影響しています。でも、卒業論文を出してから卒業までの間に、四国のお遍路に行ったんです。あれは、今思うとその時にしかできなかった貴重な体験でした。
宿坊寺院でのお手伝いする関東の大学4年生(2023年夏)
淺田:お遍路の体験はすごいですね。どんなことを感じましたか?
竹内:歩き遍路では、1日30〜40キロ歩きました。足に豆ができたり、潰れたりするんですけど、それでも歩き続けるんです。途中で地域の人たちに野菜をもらったり、いろんな助けを受けながら88箇所を40日かけて巡りました。特に冬だったので、歩いている人は少なかったんですが、別の大学の学生が将来を考えるために遍路に出ている姿も見ました。世の中的に頭が良いと言われる大学の学生が、「体験から何かを得たい」と思って遍路に挑んでいる姿は印象的でした。
淺田:学生の頃って、可能性が無限に広がっているようで、実際には何をすべきか迷ってしまう時期でもありますよね。私もそうでした。
竹内:その通りです。だからこそ、旅をすることや何かに挑戦することが大事なんです。また、アルバイトや仕事を通じて「責任を果たしながら対価を得る」っていう社会経験も重要ですよね。そういった中で、高野山に来る若い人たちには、歴史や文化に触れることで、新しい気づきを得てほしいと思っています。例えば、高野山には「町石道」という道がありますが、それだけでも鎌倉時代から続く歴史があります。この道を歩くことで、先人たちが踏みしめた道の存在を感じ、自分たちの歩む道を考えるきっかけにしてもらえるんじゃないかなと思います。

淺田:その「道」の意味がとても深いですね。高野山もある意味、「道」なんですね。
竹内:「道」というのは、高野山の本質的な魅力の一つだと思っています。高野山が世界遺産に登録されたのも、建物だけが理由ではなく、多くの人が歩んできた「道」があるからなんです。同じ道を歩いていても、そこに込められる心や思いは人それぞれ。しかし共通して言えるのは、歩き続ける中で自分の中に何かが芽生えたり、方向性が見えてくるということです。
淺田:なるほど。学生さんだけでなく、社会に出て壁にぶつかったり新しい道を探したりしている人たちにも、高野山は役立つ場所になるんですね。
竹内:はい、まさにそうです。社会に出ると、壁にぶつかることが多いと思います。そんな時に、先人たちが歩んできた道を辿ることで、何かを感じ取れるんじゃないでしょうか。高野山は、道に迷わないように町石道に番号が振られていて、ゴールまでの道筋がわかるようになっています。でも、その道筋を作るためには新しい道を切り開くことも大切になります。
淺田:道を切り拓くことと、先人たちの道を歩むことが、どちらも大切なんですね。
竹内:お釈迦様も自分が歩んだ道を弟子たちに示しました。お大師様も同じです。その教えに従って、私たちも道を歩み、悟りを目指し、そして人を救う。それが仏教、特に密教の根本的な教えです。だから、高野山に来た人たちにはまず「歩んでみてほしい」と思っています。そうすることで、伴走者が現れたり、自分自身の道が見えてくることがあると思うんです。
今後の高野山とK-PLATに期待することについて

淺田:今後の高野山、どうなってほしいと考えていますか?
竹内:そうですね、高野山は「修行の場所」であると同時に、「祈りの聖地」だと感じています。私たち僧侶が祈りを続けるのはもちろんですが、ここを訪れる方々も一緒に手を合わせることができる場所として、この清らかさを守り続けたいと思っています。
淺田:その清らかさを保つために、何が必要だと思いますか?
竹内:高野山に住む人たちだけでできることではありません。それを残したい、守りたいと思う多くの方々の気持ちが集まり、行動として形になっているからこそ続いているんです。そういう方々と手を取り合いながら、「何が大切なのか」「何を目的として歩むべきなのか」を考え、共有することが大切だと思います。
淺田:そうした共感と協力が重要なのですね。それを次の世代につなげていくにはどうしたらよいと考えますか?
竹内:私たちが歩むべき心の道、それは「これが正しい」「これが良いことだよね」と皆で確認し合いながら進むものだと思っています。その道をしっかりと未来につなぎ、次の世代に高野山を引き継いでいきたいと願っています。
淺田:なるほど、私たち、高野山未来創造プラットフォーム(K-PLAT)の役割も重要ということですね。
竹内:K-PLATには、高野山に色んな意味での新しい出会いをもたらしてくれる存在になってほしいと思っています。旅・はたらくという様々な目的をきっかけに、高野山を信仰する方に限らず、より色んな方に高野山のことに興味を深めていただければと思っております。そして、K-PLATの取り組みに合わせて、私たち地元も、そのような人たちにとって過ごしやすい高野山であれるよう、意識を持ち続けなければいけないとも思っています。
淺田:素晴らしいお話をありがとうございました。高野山が次の世代にも続き、広がっていくことを願っています。私自身も、少しでもその一端を担うことができるよう、これからも努力していきたいと思います。頑張ります!!
プロフィール:
竹内 崇真(たけうち・そうしん)
持明院住職。和歌山県高野町出身。お寺の実家に生まれ、14歳で出家。高野山未来創造プラットフォーム株式会社事業アドバイザーを務める。
淺田 あゆみ(あさだ・あゆみ)
高野山未来創造プラットフォーム株式会社人財事業本部。広島県大竹市出身、広島大学経済学部卒業。大学時代はサッカー一筋。大学卒業後は、大手求人広告会社で7年間営業に携わった後、自分を見つめなおしたいとの思いから国内外を旅し、高野山の魅力に惹かれ、K-PLATに入社。